2015-7-1 18:49
少し寂れた雑居ビルの、3階に上がって一番奥。炭火とタバコの臭いのする、いつもの飲み屋に
俺とお前とあいつ
緊張すると腹がキリキリするのは俺の昔からの癖だ。
いつもの飲み屋でいつもの面子、いつもの席にいつもの酒。どうして今日はこうも焦燥感に苛まれているのか。それは、明日<出征>ていかなければならないからだ。
俺達だけではない。此処に居る全ての人間、この町この国全ての人間が、明日この地を発たなければならない。俺もお前もあいつも、大将も会社員も子連れも、老若男女皆だ。
明日を控えた者全員が、これが最後の晩酌、と一様に普段と変わらぬ酒を酌み交わしている。
俺だけだ、俺だけだ。
言い知れぬ不安に苛まれ、いつもの癖で腹が絞め上がる。お前もあいつもちびちびと酒を舐めているのに、俺だけが杯に届わない。
どうしてそうも普段通りにしていられるのか、何も不安など感じていないのだろうか。
只一点、お前の下瞼がひくひくと打っているのを見て、ああお前もか。俺だけではない。皆同じように、外見に出さぬようして「普段」を演じているのだと、時計が24時を指す頃、奇妙な安堵を覚えていた。
兵士がいる
子供もいる
大きなトタン屋根の寂れた倉庫いっぱいに車両と人と人と人と。
皆、草色のトラックの荷台や、大きなバンに分外無くいっぱいいっぱいに乗って、忙しなく目を泳がせている。
荷物は少なく、着るものも薄く、ただし兵士のみは皆ライフルを一丁担いでいる。
これから<出征>ていくのだ。この地を、この国を。
あいつが乗り込んだ白いバンにまだ幾分か空きがある。お前も足を掛け、乗り込もうとする。
「どれでもいいのか。」
そう言って、二つ隣の草色のトラックを見て足を降ろした。お前の後ろについて乗ろうとしていた俺も足を止める。足が止まる。
お前が目をつけた草色のトラックは、より車高が高く乗りづらい。すらりと乗り込んだお前の後に続こうと俺も足を掛けるが、そこから先太ももに力が伝わらない。足が止まる。
そしてそのまま、人が乗り込んだのか確認もせずにトラックは前の車両に続き発進する。
はっとした顔で俺を見たお前は、その一瞬何かを悟ったのだろうか。その手を伸ばす事もなく、荷台の柵を握りしめたまま只呆然としていた。
お前を乗せたトラックはすぐに俺の手足の届く範囲から離れ、その後にも次々と俺の脇を車両が抜けていく。一人立ち尽くす俺に向けられる大勢の奇異の目。兵士も一般人も皆、一台、また一台と俺を見つめては通り過ぎていく。
ああ、空っぽになっていく。
この国は戦争で空っぽになっていく。
俺の心は焦りと恐怖と、そして大きな安堵感。
静かで落ち着いていて、不思議と心地よい。この地にしっかりと両足を着く、安堵感。
離れない、離れられない止まった足が俺を着地させる。
この地と逝きていく。
その充足感で俺は今いっぱいだ。
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久々の夢はダークでノスタルジックな夢でしたねー
置いてかれた時の異常な安堵感が心地よかったんですよねー。「やったー戦争行かないで済むー」とか「煩わしい喧騒から離れ独り静かに」とか、そういう安直な安堵ではなかった……何か複雑な入り交じった感情だったな。
「立つ」「発つ」「絶つ」…いろんな意味のごちゃ混ぜ感。
今、言論の自由やら憲法のなんちゃらやらちょうど話題になってますが、そんな大それた話ではなく。
もっと単純に「その場にいる感覚」というのを疑似体験したような気がします。蒼磨の中の恐怖と懸念と郷愁が漏れでた結果なのかもしれません。