この1件を機に変化が起きた者は他にもいる。それは新人隊員達。
平和になった今こそと、自主的に訓練を重ねている八尾と音羽の姿があった。

「八尾ちゃんもっと腰入れないとダメだよ!」
「音羽だってやみくもに撃ってちゃ意味ないよ。あの時の感覚を思い出そうよ!!」


「あの時」とは広範囲に出現した戦闘員との戦闘のことを意味してる。約1ヶ月前になるのだが。

それを遠くから見守る副隊長・仁科。
「八尾と音羽…真剣だな」


平和になり、開店休業状態のゼルフェノアは本音をいうと「暇」そのもの。暇ということは平和なのでいいのだが、訓練に余念のない隊員やトレーニングや鍛練を欠かさない隊員はもちろんいる。


新人隊員の中では八尾と音羽が伸びそうだね。他の新人は何人か辞めてしまったからなぁ。
吾妻と氷見は残っているが。

その任務のハードさゆえに、新人の離職が多いゼルフェノア。訓練もハードだが、新人研修さえ乗り越えれば少しは楽になる。
離職が多いのは敵が未知の怪人相手というのもある。人間相手とは次元が違うのだから。



晴斗はというと、高校ライフを謳歌していた。

……あの時の戦闘が嘘みたいだよ。怪人が出ない世界って…こんな感じなんだ。


彼は高校生活で平和を噛みしめている。青春サイコー!
鼎さん達とも会いたいけど、高校を無事に卒業出来なきゃ意味がない。ちなみに彼は高3だ。


晴斗はよく勉強し、よく遊び、よく部活の助っ人に駆り出されていた。鼎さんと出会う前はこんな感じが当たり前だった。

当たり前の日常が尊いよっ!



ある日の本部司令室。宇崎はいちかを呼んだ。


「室長、なんですか〜」
いつも通りの話し方のいちか。

「覚えてるか?『班長』の話だよ。かくかくじかじかあって、いちかに班長になって貰うことになったからな」


…かくかくじかじかってはしょりすぎだよ、室長。大事なところを省略してる…。


「班長は複数いるし、そんなに責任重大じゃないから。責任が問われてくるのは分隊長からだけどね」


本部には班長がざっくり5、6人いるがこの件で一部の班長は変わった。いちかはその入れ替わりの班長に抜擢されたわけで。ちなみに分隊長は2人いる。

そう考えると副隊長の仁科や隊長の御堂はすごい位置にいるわけで…。


「あたしに班長勤まるかなぁ」
不安を覗かせるいちか。
「いつも通りにすればいいが、人をまとめるのは難しいぞ。いちかからしたらキツいかもしれない」

「…やってみる」



ある日曜日。鼎は晴斗達仲間を誘い、喫茶店・珈琲藤代へと向かった。
鼎から誘うなんて珍しすぎる…。

喫茶店は日曜日にも関わらず、時間帯もあるのか空いていた。


マスターの藤代は御堂と同級生。彼は久しぶりに御堂を見て喜んだ。
御堂は彼の顔を見たのだが、怪人襲撃で負った醜い傷を未だに白い男性用のベネチアンマスクで隠しているあたり、彼の心の傷は深い。
仮面の上から眼鏡をかけているため、視界がかなり狭そうなのに器用にコーヒー淹れてる。


「御堂、久しぶりじゃないか。忙しかったのかい」
御堂はカウンター席につく。他の仲間はテーブル席に座った。

「先月までは忙しかったよ。ようやく落ち着いたんだ。『終わらせた』からね」


…終わらせた?

藤代は仮面を着けているため、表情がないゆえにリアクションを大袈裟にしがち。彼は無言で首を少しかしげてみせた。


「怪人あれから全っ然出てないだろ?平和になったってやつ。
だから怪人被害に苦しむ人間もだいぶ減るだろうよ」
「だからゼルフェノアは暇なんだね。ところで何にするんだい?」

「いつものブレンドコーヒーで」
「はいはい」


この店は居心地がいい。鼎達4人はテーブル席で女子会のようになっている。隣のテーブル席には梓もいた。

「この店めちゃくちゃ居心地いいなぁ。眠くなりそうだわ…」
初めて来た梓、危うく寝そうになる。彩音は慌てて制止しようとした。

「梓、寝ちゃダメだって。まだデザート来てないよ」
はっとなる梓。彼女はフルーツパフェを頼んでいた。


パフェ食いてぇ…。


鼎・彩音・晴斗・いちかは同じテーブル席にいる。そのテーブル席の隣に梓がいる形。御堂だけカウンター席という感じ。女子率が高い。

やがてそれぞれに飲み物やデザートが運ばれてきた。
この店にはマスター以外にもスタッフもいる。

「わーいスイーツ♪スイーツ♪」
いちかは大喜び。まるで子供のようなリアクション。

晴斗も喜んでる。いちかと晴斗はどことなく似てる面が時折垣間見える。


鼎はケーキセットを頼んでいた。飲み物はコーヒーだ。ケーキは種類によっては仮面をずらすだけで食べれるものもあるため、負担が少ない。
彩音はフルーツサンドとコーヒー。フルーツサンドは最近出来たメニュー。


「うわぁ美味しい…!」
彩音のリアクションはどこか見ていてほっこりする。
晴斗といちかもパフェを頼んでいたが、梓とは違うもの。

「キャー!おいしー!久しぶりにパフェ食べたよ。あああ幸せ〜」
いちかはオーバーリアクションタイプだが、たまにいきなり食レポもするため読めない。


鼎は淡々と食べていた。ケーキはバスクチーズケーキ。これならケーキは崩れにくいため、食べやすい。
「きりゅさん美味しい?」

うなずく鼎。鼎からしたら仮面をずらして口元だけなんとなく見えてる状態だからか、本人の負担は少ないけどちょっと食べにくそう。


「マスターって食べる時…困らないの?」
いちかは素朴な疑問をぶつけてみた。藤代はテーブル席を見ながら言う。

「…困るよ。人前では常にこの姿だからね。だから紀柳院さんは器用だなって思ってるんだ」
「…そうかな」



開店休業状態のゼルフェノアは少しずつ動きを見せ始める。

それが顕著なのが、ゼノクだった。


粂(くめ)は三ノ宮と共に本部の解析班のような部署を作れないかと、西澤にお願いしていた。

「うーん…解析班かぁ。あの時の連携を見ていたら確かに必要だよね。
よし、本部に掛け合ってみるか」
「本部!?あれ…ゼノクの指揮権、今本部に移行してるんですか?」

「ゼノクはほぼ復旧させたが、長官が動けないんじゃね。あの戦いの時点でゼルフェノアの全指揮権は一時的に本部に移行させてるよ」


そんなん知らなかったよ!?


西澤室長、せめて隊員に教えてくださいよっ!!隠すな!この秘密主義者が!

粂、思わずツッコミそうになる。
彼女はまだトラウマに怯えているが、三ノ宮のおかげで少しだけ持ち直した。



西澤は本部に掛け合うことにする。

「…というわけで、ゼノクにも解析班のような部署を作れないかと三ノ宮と粂から要望がありまして」

宇崎は「お前は何言ってんだ〜?」というような反応を見せる。


「それはゼノクの問題だろうが。甘ったれたこと言うなよ。
…あの件を機に本部とバックアップで連携を強化したいわけ?提案したやつは誰だ」
「三ノ宮と粂ですよ」


粂!?なんでまた粂が…。


「あの、宇崎司令。私達は本気なんです。まだ私はトラウマがひどくて怖いけど…。その影響で戦える状態ではなくなりました。
三ノ宮となら解析に協力したくて。今まで彼はずっとひとりで解析してたんです」

「ちょっと時間をくれ。粂の気持ちはわかったよ。今でも怖いんだよな…」
「……怖いです」


粂の声が震えていた。あれだけ強気の彼女の心をいとも簡単にへし折るなんて。
畝黒(うねぐろ)の影響は計り知れない。
彼女はあれから戦えなくなっていたのか…。

弓使いだった彼女はあれ以降、弓を握れずにいる。弓矢を持つと手が震えてしまう。とてもじゃないが戦えそうにない。



彩音は救護隊員になるべく、そして救急救命士の資格を取ろうと奮闘している。
ゼルフェノアは取れる資格が多い。
彼女は市民を多く救いたいがゆえに、メインの戦闘隊員から救護隊員を希望した。

これは鼎も知っている。
「彩音、進捗率はどうだ?」
「なんとかやれてるよ。ハードだけど、人助けがしたいから…」


救護隊員は官民問わず人助け出来るのが特徴。レスキュー隊とは異なる。救護隊員の仕事は主に怪我人の手当てだが、資格によっては治療もある程度は出来る。
人を多く救いたい彩音からしたら、救護隊員になりたいのもわかるわけで。


「鼎、応援してるよ。共に頑張ろうね」
「私も彩音を応援してる。救護隊員になれればいいな」

「鼎は司令になれるよ。今すぐじゃなくてもなれるチャンスはあるからね」



ある日、御堂はある海岸へと鼎を呼んだ。


「この場所覚えてるか?」
そこは岩場が多い寂しげな海岸。
鼎は記憶がうろ覚えなのか、首を振った。

「お前と最初に任務に来た場所だよ。思い出したか?懐かしいだろ?
司令を目指してる鼎にちょっとだけ初心に戻って欲しくてね。俺からの応援。ここ、眺めがいいことに気づいたんだよ。後になってからね。
大事なものって見えにくいんだな…。任務中、景色なんか見る余裕なかった。でもさ、綺麗だろ?俺の隠れスポットだ。お前に見せに来たんだよ、この景色をな」

御堂は笑顔を見せた。彼は普段、あまり笑顔を見せない。
鼎だけにはとびっきりの笑顔を見せてくれたわけで。


この海岸、人気がなさすぎる…。こんな場所で初めて戦ってたのか、私は。


「初心、思い出したみたいだな。景色はおまけにしてはデカイか。気分転換になったか?」
「……気分転換になったよ」

「鼎はつい頑張りすぎちゃうからね。無理しちゃダメだよ。
だから息抜きさせたくて呼んだわけ」



別な日。宇崎は西澤に「ゼノク解析班作っちゃえよ」とあっさり許可。
どういう風の吹き回しだ。


どうやら粂のことが引っ掛かっていたらしい。

ゼノクの状況、少しでも上向きになってくれればそれでいい。