壮絶な畝黒(うねぐろ)との戦いは終わった。ついに終わったんだ。


モニターをしばらく見つめていた鼎だが、全てが終わり安心したのかふらあっと後ろ向きに倒れそうになる。
北川は機敏な動きで彼女を受け止めた。

「紀柳院っ!」
あと少し遅かったら彼女は後頭部を打っていただろう。危なかった。


瀬戸口も駆けつけた。
「紀柳院さん!?」
北川は彼女の白いベネチアンマスクを僅かにずらし、呼吸を確認する。

「瀬戸口だっけ、大丈夫だよ。紀柳院は気を失ったみたいだから。安心したんだろうね。
長丁場だったから疲労困憊だったんだ。彼女は頑張ったよ。指揮…お疲れ様。ゆっくり休んで欲しいよ」


その後、北川は彩音と梓を呼んだ。

「俺が救護所に彼女を運ぶから、ベッドに寝かせてくれるかな。
コートは脱がせてね。紀柳院は今、眠っているよ。熟睡してるみたいだ」


北川は鼎を背負っていた。

怪我人じゃないし、担架で運ぶほどでもないからこうしたが。彼女をとにかく休ませてあげたい…。



救護所へ到着すると、北川は鼎をベッドの上に降ろし「後はよろしくね」と言い、出ていった。


彩音と梓は鼎をベッドに寝かせてあげている。コートを脱がすのは大変だった。
なんとかして布団の中に寝かせた2人。掛け布団の上には司令用の黒いコートを掛けておいた。

「こんだけ好き勝手されてんのに、全然起きないな」
「それだけ疲れているんだよ。だから寝かせてあげようよ。時々私達で様子見に来ればいいよね」

「彩音…悠真のやつ、成長したよな。あれから変わったんじゃないの?」
「…かもね。鼎を起こさないようにして出ようか。お疲れ様」


2人は静かに救護所を出ていった。救護所には鼎1人しかいない。彼女は熟睡してるのか、寝息を立てている。
鼎は泥のように眠った。



鼎が救護所に運ばれたあたりと同時間帯。御堂達は本館に戻り、西澤から怪我の手当てをしなさいと言われていた。


「病院行けっていうのかよ!」
ギャーギャー言う御堂。

「君たちどう見てもケガしてるよ。程度なんて関係ないからね。軽いケガでも手当ては受けろ。…本部に帰さないぞ。
宇崎はだらだら流血してるし、ほら消毒するから来いって!」


西澤が強引になっていた。

5人の怪我の程度は軽いが、手当てを半ば強引に受けることに。



ゼノク隣接組織直属病院。


「いだだだだだ!」

消毒が染みるのか、思わず叫ぶ囃と御堂。宇崎は額に包帯が巻かれていた。戦闘でひび割れた眼鏡はスペアを掛けている。
陽一だけほぼ無傷。怪我は切り傷程度。

晴斗も消耗が激しく、若干ふらついていた。
発動の威力上げすぎ要注意だ…。ぶっ倒れそう。


「念のため1日だけ様子見で入院しろだって。陽一は入院する必要ないよ、切り傷だけだから。
そしたら全員本部に帰っていいからな。特に消耗の激しいそこの3人!…寝ろ。
発動の消耗は点滴打たないと回復しないからな。だから寝ろ」

西澤室長のキャラ、なんか変わってない?
消耗の激しい3人とは御堂・晴斗・囃(はやし)のことである。

そんなこんなで陽一以外の4人は大事を取って1日入院するハメに。陽一はその間、西澤と一緒にいることにした。


西澤からしたら消耗の激しい3人は回復させる必要がある。じゃないとまともに動けないだろうね。


……それにしても御堂と晴斗はタフすぎやしないか?


攻撃力最大を使っておきながらも2人は倒れなかった。なんてやつだよ。並みの隊員だったら倒れてもおかしくないのに。それか、反動でダメージを受けてしまう。

反動でダメージを受けたのは憐鶴と二階堂だった。だから彼女達は重傷を負っている。



いちかはそーっと救護所の鼎の様子を見に来た。
びっくりするくらいにぐっすり寝てる。きりゅさん、警戒心が強いから普段はこんな姿滅多に見せないのに…。

相当疲れているんだね。



再びゼノク隣接組織直属病院…の、今度は隊員用のとある病室。
そこに三ノ宮が姿を見せた。


「……粂(くめ)、来たよ」

あれからトラウマで怯えている彼女は聞き慣れた声に反応し、ようやく顔を上げる。そこにはどこか頼りない眼鏡の見慣れた男性がいた。


「三ノ宮…」
粂は呟いた。

「三ノ宮は無事だったんだ…。私…あれからずっと怖くて怖くて怯えてる。腕へし折られた時は恐怖しかなかった」

三ノ宮は静かに話す。ぽつぽつと。
「ヤツは撃破されたよ。ものすごい地響きがしただろう?あの時倒されたって聞いた」


あの時の地響きは撃破された時の衝撃だったなんて、知らなかった。地震だと思い込んでたから…。

この病室にいる二階堂以外の隊員はようやく撃破されたと知る。


二階堂は眠っていた。起きる気配はまだありそうにない。


二階堂のベッドの横にある棚の上には西澤が用意した、真新しい義手が置かれていた。破壊された研究施設から探してきたとか聞いた。
施設内には義肢製作所もあるため、この襲撃で製作所は被害を受けたが義肢自体の被害は少なかった。

入院中ということで、通常のものだが見た目はスタイリッシュ。

上総(かずさ)は二階堂を気にしている様子。


憐鶴はこれを機に特殊請負人を辞めようか、さらに迷っていた。
組織公認の怪人対象の裏稼業をするくらいなら…隊員でいい。

決めるのは回復してからにしようか。



本部休憩室。


「…これで終わったんだよね……。なんだかしっくり来ないっすよ…」
いちかは本音を漏らす。

「ゼノク研究施設の被害を考えたら、手放しでは喜べないよな。あっちは負傷者多数だっていうし、こっちも隊員に犠牲者が出てる。
幸いなのは市民の負傷者が最小限だったことくらいか…」
梓は気難しそうな顔をした。

「うちの組織がヤバいのは、この件で長官が負傷したことだよなぁ。怪我の程度について詳細が出てないのが気になる。重傷なのか、どうなのか」
「梓もやっぱり気になってるんだ…」

彩音も深刻そうな表情を見せた。


「ゼノクは復旧に時間がかかるでしょう。しばらくの間は組織の全権は本部に移行したままになるかもしれませんね」
桐谷は推測した。西澤はあの時、緊急事態だからとゼルフェノアにおける全権を一時的に本部に移行している。今現在、ゼルフェノアの全指揮権は本部にある状態。

「きりやん、胸が痛いよ…。チクチクする」
「いちかさんは優しいんですね。鼎さん、相当お疲れだって聞きました。救護所で今、寝ているんですよね」

「うん。あれからまともに休めてなくて、疲労困憊だって北川さんから聞いたよ。だからきりゅさんを寝かせてあげてって言われたっす」
「寝かせてあげましょう。彼女も頑張りましたから」


ベテラン隊員の桐谷から見た中では、鼎は司令に向いているのでは…?と感じた。
サポートありとはいえ、健闘していたとも言うし。

「あずさん、本当はきりゅさんのこと気になっているんでしょ」
「おい!なんだよその呼び名。『あずさん』はやめろよいちか!
………気になってんよ」

梓は意外とわかりやすい人。ツンデレか。



ゼノク隣接組織直属病院・長官用の特別病室。


秘書兼SPの南はあれからほとんど言葉を発しない蔦沼が気がかりだった。

「……南、僕の検査結果って出たの?怪我の深刻度についてなんだけど」
「まだ…出ていません。時間がかかっているあたり…気になりますよ」


蔦沼は南を横目にした。

「怪我の深刻度によってはこのまま引退かなぁ。最大出力で雷撃2発撃った反動でダメージ受けちゃったからさぁ…。
前々から進退については考えてはいたんだが、ゼルフェノアは大きく変わろうとしていると感じてるんだ。
…本部は変わるんじゃない?紀柳院が変えそうなんだよね。ゼノクも変わりそうな気がするんだ」


南は何も言えなかった。

進退についてやっぱり考えていたのか…。それも真剣に。



本部第2休憩室。ここには応援に来た支部隊員達がいた。
まだ支部には帰れない彼ら。囃待ちなんだが。


「囃のやつ、まだ帰って来れないみたいだよ」
そう切り出したのは鶴屋。
久留米が聞き返す。

「囃が激戦でえらい消耗したんだっけ?あいつが帰ってくんのは明日?」
「久留米さん、隊長が退院するのは明日と聞いてます。様子見の入院なので怪我は大したことないらしいとかなんとか」


月島が遠慮がちに言う。高羽も気にしていた。

「様子見で入院『させられた』んじゃないの?西澤室長、ああ見えてたまに強引らしいじゃんか」
「あぁ、やりそ〜だね〜」

久留米が悪ノリする。
支部隊員の雰囲気はお通夜ムードの本部隊員の一部とは異なる。



解析班。朝倉はかなり遅れて神(じん)を迎え入れた。


「神さん言うの遅れたけど、おかえりなさい!」
「生きて帰ってきましたよ〜。俺がいないと『解析班じゃない』んだろ。俺もしっくり来ないんだ」

「その言い方、やっぱり神さんだ」
喜ぶ朝倉。それを見守る矢神達。解析班はどこか穏やかな雰囲気。



本部司令室では北川がひとりだけ。彼は西澤と連絡していた。


「――と、いうわけでもうしばらく本部にいて頂けませんか。ゼノクの復旧には時間がかかりますし…。
なので当分の間、全指揮権は本部に移行したままにしますよ」
「この際だから本部を中心にしたらいいのでは?世間のイメージは本部が組織の中心だぞ」

「…しかし、そこは長官次第ですし」
「その蔦沼はまだ動けないと聞いたが、どうなんだ」


「思っていたよりも怪我がひどくてね…。まだ長官には検査結果は言ってませんよ。
長官、引退するか考えているようだったからなかなか言えなくて…」
「そこは言おうよ!ねぇっ!蔦沼は悩んでいるんだよ!!ゼノク三役は付き合い長いんだろ!?」


「組織を大きく変える人、現れそうですよね。北川はもう気づいているんじゃないのか?」
なぜか話をはぐらかす西澤。こいつ、はぐらかしやがった…。

「薄々気づいてるよ。早くて数年後になるかもね、ゼルフェノアが変わるのは」



救護所では鼎が深い眠りについている。起きる気配はゼロ。
今度は桐谷が様子を見に来ていた。

あんなにもぐっすり眠っている鼎さん、珍しい。移動中の車内ならわかりますが、ずっとプレッシャーと戦っていたんですね。