それから3日後――
病室では二階堂が目を覚ました。
―――生きてる。
二階堂は無意識に上総(かずさ)を探していた。イチはどこ?
上総は隣の二階堂が気になり、チラ見した。目を覚ましたんだ!
彼は動ける程度の怪我なため、思わず二階堂がいるベッドへと向かう。
「二階堂…気がついた?」
上総の優しい声がする。
「…イチ………私生きてたんだ…」
「そんなこと言うなよ…。生きてるだけで十分だろうに…」
彼女の目から涙が溢れていた。二階堂は号泣。
「そんなに泣くなよ…。な?」
「………うん」
御堂達は本部へと戻っていた。
「和希、おかえりなさい」
鼎は思わず声を上げていた。声は優しい。
「お、おいっ!鼎…どうしたんだよ!?なんかテンション高くないか!?」
あれだけ寝た鼎は完全回復していた。
「嬉しいんだよ。和希に会えるのが…。だから……」
言葉に詰まる鼎。彼女は無言でぎゅっと抱きしめた。
「これが今の気持ちだからな」
いきなりハグするなよーっ!なんか恥ずかしい…。
今、鼎と御堂がいる場所は隊員達の往来が激しい通路の一角。
隊員達はチラチラ見ている様子。
「ちょ、照れるからこっち見んな!」
思わず顔を赤らめる御堂。鼎は無言のまま、ずっと彼のぬくもりを感じていた。
梓といちかはその通路にいた。
「あずさん、たいちょーハグされてる〜」
あからさまな言い方をするいちか。梓はニヤニヤした。
「いい感じじゃ〜ん」
「……お前らからかうな」
そう2人に言い放つ御堂。
彼は鼎を見た。よく見ると彼女は強い力でなかなか離そうとはしない。相当寂しかったのだろう。
御堂は鼎の頭を優しく撫でた。
「…お前、寂しかったんだろ」
うなずく鼎。鼎は彼の顔をまともに見れずにいるらしい。嬉しいやら何やらで、感情が渋滞しているんだろうな。
「鼎、落ち着いたか?さすがにちょっと……長いよ」
「わ、悪かった!」
思わず手を離し、御堂の顔を見る鼎。
彼女は仮面を着けているのに、どこか表情があるように見えるのは気のせいか…。
鼎もまた、不器用だった。
「場所を変えようか。通路だと迷惑だろ。どこにする?」
「……屋上」
屋上か。
本部屋上。久しぶりに御堂と鼎だけでここに来た。
「室長から聞いたよ。お前…司令を目指すって話」
さりげなく聞く御堂。
「長官から今回の件で司令に昇格するみたいな話を聞いたんだが…私は辞退したんだ」
「話蹴ったのかよ!?」
驚きを見せる御堂。千載一遇のチャンスを蹴るなんて…マジ!?
「私は『実力』で司令になりたい、組織を変えたいと言ったんだ。
だから司令資格試験を受けた上で、司令になるよ。じゃないともやもやする。何年後になるかはわからない。超難関な狭き門を通過するのは難しいからね」
実力で司令になりたいとか、初めて聞いた。室長達と同じ条件でなりたいのかな…。
実績を評価されるのは嬉しいはずなのに、わざわざ難しいルートを選ぶなんて…。
「本気で変えたいんだな。この組織を」
「外崎との出会いも大きかった。人間といい怪人の共存を実現したい。
いい怪人は差別がひどいと聞いている。肩身が狭いとも聞いた。人間態で慎ましく暮らしているだけなのに…。難しい問題だが、良くしていきたいんだ。
私はゼルフェノアをもっと市民に開けた組織にしたい…」
「夢」を持ったんだな。鼎は変わった。
具体的なビジョンが見えているなんて、俺よりも進んでいるじゃないか。
ゼノク隣接組織直属病院・長官用特別病室。
南は恐る恐る入室するなり、単刀直入に聞いた。
「長官、やはり引退するんですか…」
「再起不能と言われてはねぇ。西澤も勿体ぶらなくてもいいのにさ。
自分の身体だよ?なんとなくわかってはいたさ、こうなることは。
すぐには引退しないけどね。退院してまあまあ動けるようになってから、判断するから。引退しても組織はすぐには去らないよ。引き継ぎがあるでしょう」
「蔦沼長官が引退するとなると、次の候補は一体誰にするおつもりで?」
「空席のまましばらく行こうと思う。今現在…長官にふさわしい人間が見当たらないからね。
あ、あと…紀柳院は僕の司令昇格を蹴ったよ」
長官自ら、彼女に昇格のチャンスを与えたのに蹴っただと!?
「南、なにびっくりしてんのさ。話を聞きなさい。
彼女は自身の『実力』で司令になりたいと言ったんだ」
「実力重視で行くとは予想外ですよ…。
ってことは…あの試験を受けることになりますよね…。彼女からしたら荷が重いんじゃ」
「そうかなぁ」
約2週間後。憐鶴(れんかく)は苗代と赤羽を病室に呼んだ。
「大事な話があります。聞いてくれますか」
憐鶴さんが呼ぶってよほどだよなぁ…。
「『特殊請負人』を解散したいと思うんです。組織公認の裏稼業はもういらない。長官も以前言ってました。『今まで君にやらせてすまない』と。
私は隊員に戻りたくて…わがままですよね」
「…なんとなく予想してました」
「憐鶴さん、隠しても無駄なのに。バレバレだからね」
わかっていたのか。話が早い。
「…憐鶴さん、解散はいつするんですか?」
苗代が聞いた。
「そうですねー…。退院後でないと私は何も出来ませんし…。あの地下の部屋、少しずつ片付けて貰えないでしょうか。武器庫はそのままで」
この時点で苗代と赤羽は退院・復帰していた。
2人はすんなりと受け入れる。
俺達も元の隊員に戻る時が近づいている。
支部隊員達は京都の支部でわいわいやっていたのだが。
「小田原司令、支部はこのままでいいのか?本部とゼノクがだんだん変わり始めてる」
なんとなく司令に聞く囃(はやし)。
「うねりが起きてるな。大きなうねりがな。
囃、ここ(支部)を変えたいのか?」
「…俺……紀柳院ほどはっきりしたビジョンなんて持ってないし…。これからのことなんてわからねぇよ…」
「そのうち答えが出るんじゃないか」
組織の全指揮権はまだ本部のまま。司令室には宇崎・北川・鼎がいる状態。
「鼎、なんか緊張してない?大丈夫?」
宇崎は鼎におちゃらけて聞いてみた。
「…司令室はしばらく3人体制なんだな…。違和感があるよ…」
しどろもどろに答える鼎。
あぁ、だから緊張してたのか。慣れないもんな、鼎からしたら。
指揮出来る人間が3人いる状況なんて。
「ゼノクが復旧するまでだから慣れるって。鼎はもう少し肩の力、抜いたら?ガチガチだぞ。
それに今は平和なんだ。変に焦る必要もないでしょ」
確かにそうだ。今は平和なんだもんな…。
「試験勉強頑張ってるね〜。実技の予習は付き合ってあげるよ。…前も同じこと言ったっけ。
実技は筆記試験よか難しいからさ。先輩としてアドバイスするよ」
宇崎はテキストを見ながら勉強している鼎にそう優しく言った。テキストは分厚い。
さらに約2週間が経過した。
二階堂と憐鶴はそこそこ動けるようになる。彼女達は退院に向けてリハビリ中だ。
「芹那〜。退院近いってホントか?」
上総はいつの間にか二階堂のことを名前で呼ぶようになっていた。
「だいぶ動けるようになりましたし、近いですよ」
「お前、義手が気になっているのか?今は平和なんだぞ」
「……そ、そうだね…。慣れって怖いよね…。
今まで特注の戦闘兼用義手を使っていたから…通常のものを使うのは組織に入る以前以来なんですよ」
だから気にしてたのか。
まぁ、あいつからしたら義手・義足は身体の一部だ。違和感あるのもわからんでもない。
二階堂は上総から「芹那」と呼ばれるのが嬉しかった。
やっと名前で呼んでくれたよ…。素直じゃないんだから…。
畝黒(うねぐろ)を撃破してから約1ヶ月が経った。
ゼノクは研究施設の一部のセクションをメイン施設に移行する。これなら研究施設の復旧に時間がかかっても機能はそのままだ。
「西澤、強引な方法を使いましたね。長官が笑っていましたよ。モニター見てください」
西澤は言われるがまま、PCのモニターを見た。
そこにはリモートで長官の姿が映し出されていた。明らかに空元気な笑顔。
「…あ、長官」
「気づくの遅いよ」
「退院の見込みはまだ立たないみたいですか…」
「残念ながらまだ目処は立ってない。…あ、あんまりこっちを気にしないで。
僕は引退する身なんだし…」
「本当は色々気になっている癖に、ごまかさないでくださいよ」
わざと開き直りを見せたのが仇となった蔦沼。空元気なのがバレた。
「空元気はやめてくださいよ。なんだかんだ隊員達も長官のこと……ものすごく気にしているんですからね」
気にされてた。
―某日、とあるカフェバー。
鼎は御堂と一緒に来ていた。
「なんだよ話って」
ぶっきらぼうに聞く御堂。
「こうして2人で飲みに来るの…意外と初めてだなって」
言われてみればそうだった。2人きりはない。昼間、2人きりで食べに行くことはあっても、意外と夜は初めてで。
「平和になって良かったんじゃないの?じゃないとしっぽり飲みになんて行く余裕なんかないし…。
平穏を取り戻したんだぞ俺達は」
「……そうだね」
「悩みがあるなら好きなだけ聞いてやるよ。鼎はなかなか言わないからな〜」
「言ってもいいのか?」
鼎は不安そうな声を出す。
「遠慮すんなよ。俺達付き合ってる仲じゃんか」
「ぎこちないけどな…。
うまく言えないんだ、和希のことが『好き』だとはっきり意識したのは去年あたりとか、わりと最近だったが…無意識に惹かれていたかもしれないって」
「お前との付き合い自体は長いんだよな〜。先輩後輩時代を含めりゃさ。
鼎は自分が変わったと思うか?」
少しの間。
「変わったかもしれない」
「それを聞けて俺は嬉しいよ」
第15話 最終回へ。