裕福な家庭で育った羽崎さんの実家には池がある。
が、飼っているのは金魚でも錦鯉でもない。
「鯰なんです」
「ナマズ?」
鐘子は繰り返した。
「あれって、池で飼えるものなんですか?」
羽崎さんは首を傾げる。
「さぁ……ただ、実際に飼ってますからね。わかってる限りで僕の曾祖父の代からいますから」
曾祖父といえば、ひいじいさん。3世代は前である。
「繁殖もしてるんですか?」
「いえ、一匹だけですから」
とすると、ずっと同じ鯰がいることになる。
「つまらない話ですみません。僕の知ってる不気味な話なんて、この異様に長生きな鯰のことくらいなもんで」
頭をかく羽崎さん。
鐘子は曖昧に頷いた。どこかで二百歳くらいの鯉の話を聞いたことがある。であれば、あながちありえない話でもないか。そんなふうに考えていた。
「ただね、この鯰、ときどきいなくなっちゃうんです」
「は? どこかに隠れてしまう、ということですか?」
「いえ、池の中で隠れられる場所なんかたかが知れてます。本当に消えちゃうんです。それでまたふらっと戻ってくる」
照れ笑い。そんな軽いノリで羽崎さんは言う。
「そんな……犬や猫じゃあるまいし」
「…………あ。確かに」
羽崎さんは突然青ざめる。
「あれ、なんでいままで疑問に思わなかったんだ…………」
そういえば。ホテルの入口にある熱帯魚の大きな水槽。
底に見慣れない魚が寝そべっていた。鯰だったかどうかまでは、鐘子は確かめられなかった。
帰るときには、もういなかったから。