「ロボットみたいな幽霊、見たことあんだよ」
尚樹が言ったことの意味がわからなかった。わからないだけに、気味が悪かった。
「変なこと言わないでよ」
鐘子は腕枕されたまま、尚樹の脇腹に顔を押し付けた。
「見えるくせに怖がりなんだな」
そう言いながら、彼氏は鐘子の髪を撫でる。
昔、尚樹が子供だったころ、両親と同じ部屋で寝ていたとき。
なにかの気配に目をさまし、目の前に視線を向けると、暗闇のなかに人型のものが浮かびあがっていた。
「よくある話じゃない」
鐘子は顔を上げ、尚樹のほうを向いた。
「まぁ、聞いてって」
浮かび上がっていた人型のもの、それがなにかおかしい。身体の部分部分が四角い。四角い人型の物体が立っている。
まるで漫画に出てくるロボットのようだった。
尚樹は恐ろしさに目をつむり、朝が来るのを待ったという。その後、このロボットが現れたことはない。
「これだけなんだけどさ。僕が見たなかでは一番怖かったな」
鐘子はため息をついて、尚樹の背後から目線をそらした。引っ越しのときの段ボールはもう片付けたはずだよな、と考える。
いま、彼氏の後ろに積み上がってる四角い箱はなんなんだろう。
鐘子は昔からすりガラスが嫌いだ。
一番古い記憶は、四歳くらいの頃。すりガラスに突っ込んでガラスを粉々にしたことがあった。このとき、鐘子には一切の傷がなかった。これを守護霊が守ったからだ、なんだと母親に言われたが、本当にそうだとしたらどうしてつっこませたのか? ガラスの向こうにいた人に呼ばれて突っ込んだのだから。
中学校の修学旅行のとき。
旅館のトイレの入り口がすりガラスだった。用を済まして、出ようとすると、ガラスの向こうに緑っぽい服の人影があった。
扉を開けると、遠くに足音。
考えてみると、私たちが着ていたジャージは青。この日は貸し切りだった。
大学のころ。いまは改修されたが、講義棟の研究室が並ぶ廊下は暗く、また一部の教授の研究室入り口の窓はすりガラスだった。
あるとき、教授にレポートを届けに行く。研究室の前に立つと、すりガラスの内側に頭の影が見えた。誰か先客がいたのか、それとも教授が立っていたのか。いずれにせよ、入り口付近に立っている理由はよくわからない。
ノックをしてみたが、返事はない。とりあえず、開けてみようと、ノブに手をかけた瞬間、後ろから呼び止められる。教授だった。
中には誰もいない。
あのとき、ノブを回していたら、なにを見ていたのだろう。時々、考えることがある。
四度の引っ越しを経たいまの鐘子のアパート。六畳の部屋の入り口がすりガラス。
越してきてすぐのある日、どこからか視線を感じた。振りかえると、部屋の外、玄関前にこちらに背を向けてセーラー服の女子高生が立っている。
女子高生はすりガラス越しではなく、はっきりと見えた。たまたま、部屋の入り口のガラス戸を開けていたから。目をそらした瞬間、消えた。
はっきり見えて、逆に安全なのかもしれない。が、ふと思うのが、別に今まで危険だったわけではないということ。
次にガラスに突っ込んだときは、命がないかもしれない。
なんとなく、覚悟はできた。