浜崎さんは、食べたものが見える。
食べたものが「食べられる前の姿」で、その人の後ろに浮かぶのだという。
「だいたい1日くらい。だから、その人の昼食や夕食なんかがわかっちゃう」
牛や豚、鳥はもちろん、キャベツや人参、ブロッコリーまで。
意識しなければ見えないので、日常的に気になることはないという。
「それ、本当ですか?」
「本当だよ。例えば鐘子ちゃんは……昼にしょうが焼きかなんか食べたね」
思わず鐘子は閉口した。
豚と生姜、それに玉ねぎも見えたのだという。
面白い力だと思いながら、最近はあまり使いわない。
「どうして?」
「変なの見えちゃってさ」
浜崎さんが表情を曇らせた。
対する鐘子は少し笑う。
「わかった。ヒトかなんかが見えたんでしょう。まるで人食があったみたいな」
「そういうのだと、逆に非現実的過ぎて面白くなってくるんだけどなー」
浜崎さんは心底嫌そうな顔をした。
次の言葉、聞いた瞬間、鐘子は後悔した。
「ゴキブリだよ」
しかも、よくよく意識してみると意外に多いのだという。
「寝てる間に顔の上に乗ってるって言うしなぁ」
鐘子はしばらくマスクなしで眠れなかった。
西崎さんの営業車。カーナビのいい加減さに定評がある。
「『200メートル先、右方向です』とか言うけど、ガードレールぶち破れっつーのか、って」
直線の高速道路上で、高架下の道路情報を拾ってしまう。
とんでもない欠陥品である。
ある冬の日、いつものように営業の帰り。すでに日は落ち、道はまっくら。
『100メートル先、左方向です』
いつもの誤情報である。気にせず、西脇さんは件の地点を通過した。
そんなとき、バックミラーに光が映った。後続車のヘッドライトだ。
と、次の瞬間。
光は、左に曲がった。
「びっくりしたけど、降りて確かめにいくわけにもいかねーしなぁ」
光が左に曲がったのは、ちょうどナビが指示したあたりだった。
西崎さんは、春から営業を外れる予定である。